Casual Duel Monomaniac

カジュアル遊戯王の多様性を探究しています。また『デュエルラボ』として動画・非公式アプリケーションツール製作に携わっているフリをしています(詳細はリンクからお願いします)。屁理屈が好きです。

妨害の概念

明けましておめでとうございます。N@SEです。

大変遅ればせながら御挨拶申し上げます。

御年も宜しくお願い致します。

 

最近は私用によりあまり積極的にカードゲームの活動ができておりませんが、時間を見つけて続けております。また、企画や動画活動には現在着手できていませんが、そちらは今暫くの間ご容赦頂けたらと存じます。

 

 

さて。

ペンデュラムモンスターの発売や新制限の適用など、4月から遊戯王はまた新たな形態へと進化しました。ネット上でも様々な話題が至る所で議論されており、遊戯王の今後の発展に繋がる非常に良い傾向だと思われます。

その中で、一際目を引く話題がありました。

「《激流葬》の制限解除」です。

それに関して私も少し考えるところが御座いました故、拙いですがその考察を御年最初の記事とさせて頂きます。

 

 

 

私が普段Twitterでフォローさせて頂いている方々は、カジュアル環境で遊戯王を楽しんでいらっしゃる方が大多数です。「《激流葬》の制限解除」に関するその方々のツイートやリツイートされてきたツイートを見ていた時、次のような意見が多いように感じました。

・妨害札が増えてコンボが決め辛くなったから辛い

・妨害は増えたけどその方が乗り越えがいがある!

別にこの意見に賛成・反対というわけではありません。今回私が感じたのは、ポジティブかネガティブかの違いはあれどこれらの意見はどちらも同じ方向を向いているということです。

つまり、カジュアルプレイヤーには

「《激流葬》の制限解除」=「やりたいことを妨害してくる札が増えた」

と考えられている方が多いのです。

 

これはどういうことでしょうか。

もう少し細かく考えてみることにします。そもそも《激流葬》とはどのようなカードだったでしょうか。

 《激流葬/Torrential Tribute》 †

通常罠

モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動できる。

フィールド上のモンスターを全て破壊する

 今さら記載するまでもなくこのようなカードです。したがって、

「《激流葬》の制限解除」=「フィールド上のモンスターを全て破壊される機会が増えた」

となります。これを先ほどの意見と並べてみます。

「《激流葬》の制限解除」=「やりたいことを妨害してくる札が増えた」

「《激流葬》の制限解除」=「フィールド上のモンスターを全て破壊される機会が増えた」

このようになりました。これより、大多数のカジュアルプレイヤーの思考は

フィールド上のモンスターを破壊」=「やりたいことの妨害」

だと考えられます。

 

以前の記事で、カジュアル環境におけるゴールはプレイヤーごとに違うということを申し上げました。しかし、このことから鑑みるに大まかな方向性としては「フィールド上にモンスターを展開することが結果もしくは過程に含まれるコンボ」をゴールとされる方が多いということになるのではないでしょうか。

 

何を今さら、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私にとっては非常に考えさせられる事実でした。

私は普段デッキを組む時、第一に「防御」を考えます。もちろん「防御」とは守るだけではありません。相手に積極的に干渉し、相手の攻め手をあらゆる手段で削りきるような攻めの「防御」も含めた戦略としての防御です。どんな相手でもあらゆる攻撃を防ぎリソースを削り引きださせた奥の手に打ち勝ち勝利する。そのような思考で戦略を考えます。つまり、あまり好ましく思わない方もいらっしゃるかもしれませんが、私にとっては「やりたいこと」=「防御」でありそこには「相手の妨害」も含まれます。

 

今回の件で違和感を感じた原因はこの点にありました。「《激流葬》の制限解除」という話を聞いた時、私は「やりたいことがよりやりやすくなった」と思いました。しかし、周囲の反応は前述した通り正反対であり、「防御札」=「妨害札」と認識されている方が多い印象でした。

考察に言葉遊びはあまり好ましくありませんが、「やりたいこと」=「防御のための相手の妨害・リソース削り」と考えている私にとっての「妨害札」は、「破壊されないモンスター」や「回収など半永久的なループに繋がる効果を持つカード」です。語弊を恐れずに生意気を申し上げるならば、「防御札は必ずしも妨害札である」という考えは聊か早計なのではないでしょうか。

私としてはこのような無意識に定められた前提や自分への故意な条件設定がある種カジュアルの特徴であると考えています。しかし同時に、それが全てのプレイヤーに等しく適用されるわけではないということも意識しなければなりません。「防御」=「やりたいこと」だと考えている人間が私を含め存在するということが少しでも広く認識されるためには何をすべきなのか。今回の一件はそのようなことを考えさせられるとても良い機会でした。

 

 

 

とはいえ、あらゆる考え方があるカジュアル環境にもマジョリティが存在するのは事実であり、流行りの思考や好まれない指針という暗黙の概念は今後も無くなることはないでしょう。カジュアルを楽しむプレイヤーの一人として、今回新たに判明したこの事実を受け入れつつ更なる発展に貢献できるよう邁進したいと思います。

 

あまり面白みの無い話題となってしまいましたが、最後までお付き合い頂き大変恐縮に存じます。

御年もカジュアル遊戯王に関する企画や駄文を細々と継続していく所存に御座います故、是非宜しくして頂けたら大変幸いに御座います。

 

それでは。